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パラオ戦争博物館 改修プロジェクトについて

<パラオ戦争博物館 改修プロジェクトについて>

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 事の発端は、私の父・横山高司がパラオ共和国に訪れた際、ペリリュー島で旧・日本軍の弾薬庫に置かれた数々の遺品や弾丸の残骸を見たことにはじまります。若かりし父が最初にペリリュー島を訪れた20年前から時は経て2009年、その状況は当時のままでした。

父「誰かがやると思っていたが、誰もやらなかった。」

 第二次世界大戦でのペリリュー島の戦い(1944年9月~12月)~それは、その後に続くサイパン島・グアム等での戦いや硫黄島の戦いに比べれば、知名度はないかもしれません。しかし、後世の軍事評論家が評価する知名度や激戦度といった指標で物事を見るのではなく、実際にその場で、日本人が戦い、その遺品がそのまま放置されていることを見て、何か一歩を踏み出す勇気を共有できればと思い、ブログに書き記しております。

 父の一つの想いから始まり、パラオ共和国大使をはじめ、有志で協力くださる自衛隊の皆様、設計・施工に携わってくださる協力者様、何百万という多額の寄付をくださった有志の皆様が現れました。また、そのパラオ諸島の戦いの歴史を何度も教えてくださった倉田様をはじめとするペリリュー戦跡保存会の皆様が、その歴史のピースを繋ぎ合せてくださり、出版社や旗章学協会といったプロフェッショナルの協力を得ることができました。

父「批評したり、知識を披露するのはよいが、行動はしないのか?」

 そして、今ではペリリュー島のオバック酋長や現地の島民・観光業者の賛同を得て、永久保存できる体制を整えつつあります。

現地「大使だけでなく、酋長や、現地のスタッフもみんなやる気になっておりますので、統率を求めております!電話もメールも繋がりにくい連絡体制なのです。」

 全国に住む日本人の皆様におかれましても、その気持ちが共有できましたら、どうぞ父と協力して頂くことも願っておりますし、旧日本軍の遺品や遺骨が眠る島々を訪れた際に、同じような気持ちが起こりましたら、このブログを参考にして一歩を踏み出していければ幸いです。

文責:横山篤司

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