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Dr. ミノル・FX・ウエキ氏と会談 パラオ・コロール島

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左端:元・パラオ共和国駐日全権大使 Dr. ミノル・FX・ウエキ氏
左2番目:ロックアイランド・ツアー 菊池様
左3番目:倉田江身子氏
左4番目:倉田洋二氏(南方戦線アンガウル島の生存者であり歴史伝承者)
右端:ペリリュー会代表 横山高司 (戦史研究・ペリリュー戦争博物館 日本側監修責任者)
右2番目:杉浦氏(寄付)
右3番目:横山篤司(筆者)

この会談の記録が、ペリリュー戦争博物館(Peleliu World WarII Memorial Museum)をはじめ、太平洋戦争の多くの戦跡保存および活動の参考となり、さらなる活動発展となることを願います。

今後のパラオと日本の友好発展および更なるペリリュー戦争博物館の施設充実および保全のため、今回の会談が実現しました。2010年、私たちは日本で初めて会いました。そして2013年夏のプロジェクト実現まで3年間の歳月をかけました。

その記録は「パラオ・ペリリュー島~未来への礎~」で説明させて頂きました。

私たちペリリュー会は、ペリリュー島の観光産業や遺産保存の推進のため、ペリリュー州政府によるペリリュー戦争博物館(Peleliu World War II Memorial Museum)の運営管理を依頼しました。正式に博物館の運営管理ができるまで何年かかるのか分からないため、ペリリュー会として委嘱状を頂けないかと申請しました。

2014年9月15日に行われる「ペリリュー島戦線70周年式典」に向けて、ペリリュー会は2000ドルを寄付し、その用途を「戦争博物館の屋根補修に充てること」とし、州政府による改修工事を依頼しました。

このようなお願いができるのも、ラストサムライといわれる、元・パラオ共和国駐日全権大使であるDr. ミノル・FX・ウエキ氏の協力があってのことです。

また、ウエキ氏は祖父が愛知県名古屋市にある熱田にゆかりがあり、そこで、パラオのロータリークラブと名古屋南のロータリークラブで提携ができないかという話になりました。ビジネスとしてこの姉妹提携が実現することも、友好関係実現の一端を担うこととでしょう。

倉田先生とは定期的にお会いする中で、前々より貴重なペリリュー戦線の史料の保存を依頼されております。一部をペリリュー戦争博物館内で展示できたらと考えておりますが、この読者の中で、史料保存およびデータ化(PDF等)にご協力頂ける方も募集させて頂きたいと考えております。

この会談を通して、私たちペリリュー会ができることは、
①日本中から頂いた寄付を目に見える形で伝える(ブログやネット等を活用)
②政府と共に活動が行えるよう有効な手段を考える(安易にパラオ人にお金を与えると使ってしまうため、使途用途を明確にしていく)
③より多くの皆様に想いと事実を伝えていくこと。

まだまだ太平洋の各諸島には貴重な戦跡が手つかずのまま残され、多くの英霊が眠ったままとなっております。

私の説明ではまだまだ伝えきれないことも多いため、事実の表記に留まらせて頂きますが、是非ペリリュー戦争博物館(Peleliu World War II Memorial Museum)に来た際には、そのような経緯があったということを頭の片隅において頂けましたら幸いです。

寄付については広く求めることはしておりません(父曰く、さらにやることが増えてしまう)が、ゆっくりとでも、一歩ずつ着実に形になるように活動してまいります。その際は下記までご寄付を頂きましたら幸いです。

募金のお願い及びペリリュー会設立のお知らせ
http://andy0221.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

末尾となりますが、現地を訪れ、また遠く離れた地より応援頂きます読者の皆様、本当にありがとうございます。また多額の寄付を送って頂きました伊藤様をはじめ、多くの皆様の名前を博物館のパネルにて名前を掲載させて頂きました。
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ペリリュー決戦の戦跡と史実の一致

此処において玉砕した1万有余命の日本軍将兵は制空、制海権のない中、一物一弾の補給も受けず圧倒的な兵力差、火力差の下、最後の一兵まで戦い、そのほとんど96%にあたる10,022名が戦死した。

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日本軍司令部跡


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銃撃戦の跡

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お風呂場の跡

彼等ひとりひとりに家族、友人、愛する人たちがいた20代の若者たちであった。現地人より「いつ故郷に帰るのか」という問いに対して、「故郷にはもう帰らないんだよ」という答えが残っており、そして現実にペリリュー島の日本軍将兵が帰国することは永遠になかった。

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米国側の水陸両用戦車。銃弾貫通、撃破した痕跡。


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この洞窟の中も火炎放射器によって焼かれた跡がある。73日間の激戦を通し、砲撃に耐え、飢えに耐え、孤立状態に耐え、この過酷な蒸し暑い洞窟で必ず死なねばならない運命をどう説明することができようか?

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銃弾をこの手で触れる状態である。

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生活の跡が目の前に残る

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ここからレッドライン。不発弾処理はまだまだ続く。

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横道は未だ不発弾が残る。

守備隊将兵は望郷の念と共に、彼らの最後の電文中にある夜鬼となってもこの島を守るという言葉通り、今も霊魂となってペリリュー島に留まっている。彼らの荒ぶる魂を慰め極楽浄土へ導くには、日本国民が決してこの島で起こったことを忘れず、尊い命を散らした人たちに対する感謝と尊敬の意を持ち、パラオに来た際はペリリュー島を訪れ彼らの時代や散華の意味を考えるべきである。

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これより先、ペリリュー守備隊の唯一の心の支えであった中川大佐自決の地。残兵将兵56名はその後の3日間の遊撃戦の末全滅して、伝統ある栄光の軍旗と共に運命を共にした。

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展示軍旗は、私たちが自らの手と足で製作し、靖国神社においてお祓いを受けた複製品である。

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横山高司は言う。想いを行動にすること。そして「パラオに来た際はペリリュー島を訪れ彼らの時代や散華の意味を考えるべきである。彼らは日本人の誇りなのだから」と説く。決して不戦や平和を説いたり、悲しみや恨みを誘うために改修を行ったわけではない。その時代に身を置き、過酷な環境を体感し、歴史の事実を伝えることで、後世を担う私たちの行動が生まれるという。

筆者である横山篤司33歳は思う。この父の想いを言葉にすることは非常に難しいが、先輩たちの活動を伝えることで、次の世代を担う私たちに様々な勇気を与えることができると。

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左:杉浦氏
中央:泉不動産 小酒井氏
右:横山高司
撮影:横山篤司
ガイド:Azsa

引き続き応援の程よろしくお願い申し上げます。

Day1 3/22 パラオ戦争博物館改修

2014年3月21日、日本(名古屋)より飛行機で4時間、翌22日午前2時半にパラオ・コロール空港に到着。同日午前11時よりペリリュー島へ向けてチャーター便で1時間ほど海を渡り、パラオ戦線の激戦地であったペリリュー島へ到着。

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ロックアイランド・ツアーの菊池様およびベラウツアーのパートナーであり、元・パラオ共和国駐日全権大使であるDr. ミノル・FX・ウエキ氏の協力により、今回もペリリュー島での活動手配全般をご協力頂きました。また、ペリリュー酋長であるオバック氏およびその息子さんであるジェリー氏より大工道具の手配を頂き、作業は2時間ほどで滞りなく終了しました。

現在のペリリュー戦争博物館(Peleliu World War II Memorial Museumの様子です。

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昨年より大幅に施設が充実したのは、前・館長であったDavid氏(2014年2月末で退職)の功績によるものです。

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ペリリュー島に訪れる日本人がここまで増えました。(数年前まで年間200人ほどでした)

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多くのコメントの中でも、「過去の勇敢な人々に感謝しなければ」「戦争の生々しさを実感しました」「やっと来れました。必ず日本の若者に伝えます」といった声がございました。


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ここには生の情報と戦いの跡がそのまま眠っております。

また、David氏とFaceBookを通して情報共有を行いました。彼はNYで長年弁護士として活躍し、叔父がペリリュー島で亡くなられているため、遺骨収集団として参加した際に、この島に留まって貢献をしたいとボランティア館長を引き受けたそうです。この改修資金は何百万に及ぶかと思いますが、すべて彼の私財を投じての成果であります。

私たちペリリュー会として、日米パの共同事業による友好発展と歴史保存に貢献したDavid氏に感謝の意を述べさせていただきます。

しかしながら、ペリリューを含め、パラオには戦跡保存や管理に対してこれといった予算がありません。

David氏の戦争博物館をもっと充実したものとしたい、空調機を新設したい、屋根を補修したい、適切な管理をしたいという想いを皆様に向けて共有させて頂き、私たちペリリュー会として、今後はペリリュー州の管轄として、維持・保存・管理の責務を担えるよう、今後とも働きかけて参ります。

5年前に比べるとかなり博物館も充実した展示となりました。

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Takashi Yokoyama (Peleliu World War II Memorial Museum, Japan side Supervisor)
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