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8/15 終戦記念日 パラオ特集がTV放映

パラオ・ペリリュー戦跡保存会メンバーより

TBSテレビ
8月15日・1745~の報道番組Nスタ内
8月15日・2255~の報道番組ニュース23クロス内

メンバーのS様より、パラオ島に不時着したゼロ戦を独自調査の末、乗組員の名前が判明し、TVで特集されたということでご報告致します。一人一人の活動ですが、点と点が繋がるように嬉しいご報告でした。

IMG_2380.jpg

S様より
アルモノグイに不時着した調査中の機体(零戦)は第261海軍航空隊所属
吉田久光上飛曹と判明した。

旧海軍による記録「飛行機隊戦闘行動調書」(現在、防衛省防衛研究所戦史資料室が保管)
によれば1944年(昭和19年)3月31日、パラオへ米機動部隊の艦載機F6F、150機以上が来襲。

第261海軍航空隊(通称虎)指宿正信大尉指揮する戦闘機隊の
零式戦闘機28機がペリリュー基地より邀撃した。
この日の編成で、第一中隊第三小隊四番機として出撃したのが吉田上飛曹で
吉田機は空戦により被弾、未帰還となっている。

アルモノグイ州のヤマザキ酋長(88歳)の証言によると吉田機は被弾した後
パラオ本島中部(現在のアルモノグイ州)へ不時着を試みている。
飛行機が火を噴きながら降下する様子を付近集落の島民が目撃しており、数人が救助へ向かった。
炎上した操縦席から搭乗員を救出。搭乗員は当初意識があり自らを吉田と名乗った。
島民達は吉田上飛曹の手当を試みたが、重度の全身火傷と外傷により、間もなく息を引き取った。
遺体は島民の手により機体近辺に埋葬された。

※261空は原隊を鹿児島に置く、サイパン基地進出中の航空隊。
3月30日パラオ空襲に呼応し(パラオ近海へ展開中の米機動部隊へ攻撃の522空彗星隊12機の
護衛を121空の戦闘機隊55機が担った)パラオ上空へ向うも会敵せず、ペリリュー基地へ着陸。
翌31日、再度の空襲によりペリリューからの迎撃に至る
この空中戦により同部隊28名のうち
准士官以上2名、下士官兵18名、合計20名の搭乗員が自爆または未帰還となった。

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そこで遺族を調査し、先日そのご遺族に報告へ長崎県島原へ参りました。
突然の知らせにたいへん驚いておりました。パラオで戦死したとは知っていたけれども
その飛行機が現在でも残骸として残っていたとは予想外だったようです。

近所には戦友や同級生もお住まいで、人柄や出征前の思い出話を伺ってきました。
二十一歳で散華されたようです。

ぜひ現地で遺骨収集をしたいとの強い申し出でしたので
急ではありますが、8/6から、ご遺族4名をパラオの墜落現場へお連れして
遺骨の収容作業を試みます。
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コメント

拝見したいとおもいます。

わたしも、長崎県民でして…やけど負われて、苦しかっただろうとたまらなくなりました。ご遺骨は、日本に還られたのでしょうか…

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