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靖国神社の本殿にて昇殿参拝及び日章旗のお祓い

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本日は、靖国神社の格別なご厚意により、本殿にて昇殿参拝及び日章旗のお祓いを行いました。

靖国神社の御神体である大きな神鏡の前で、神職による日章旗の入魂及び祝詞の奏上を行い、これからの前途を祈願致しました。

これからパラオ諸島ペリリュー島の地へと向う日章旗は、正式に護国神社を代表する靖国神社にてお祓いを受けまして、来年の夏頃には日本を離れる予定となっております。ペリリュー戦争博物館に寄贈されたのちは、未だに日本へ帰る事無くペリリューの地で守り続けている英霊達の心の拠り所となり、その旗を目印にして心安らかに眠って下さることを私たちは願っております。

これは父・横山高司の後日談ではございますが、日章旗の入魂及び祝詞の奏上の最中に、若い兵隊さんと中年の兵隊さんが、すっと日章旗に入っていくお姿を、心の中で見ることができたそうです。

ペリリューの戦いでは10,022名の日本人が命を落としました。1944年11月24日に司令部は玉砕を決定、中川中将が自決した後、玉砕を伝える「サクラサクラ」の電文が本土に送られ、翌朝にかけて根本甲子郎大尉を中心とした55名の残存兵による「万歳突撃」が行われたそうです。

最後の55名になったとき、最後の聯隊旗主となった烏丸少尉はどんな思いでこの聯隊旗を燃やしたことでしょうか。「日本の地には戻れずとも、夜鬼となってこの地を守り続ける」と言い残して、55人の部隊を13組に分けて最後の特攻を行ったそうです。「その思念は夜鬼となって今でも洞窟に留まっている」とある方は申しております。

これも父の後日談ですが、「この聯隊旗を作りたい」と初めて人にお話をした際、英霊の御声を聞くことができる方がそっと父におっしゃったそうです。「皆様、待っておりますよ」。本当であるか嘘であるかはわかりませんが、戦後68年経った今でも、日本に帰ってきていない英霊がまだいるのだということを「信じる」ことも、大切に思いました。今後ともよろしくお願い申し上げます。


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横山高司と日章旗
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